打ち合わせの終盤で、
こんな言葉が出ることがあります。
「じゃあ、無難なところでいきましょうか。」
場の空気も落ち着くし、
大きな反対も出にくい。
確かに、
安心できる選択です。
でもそのとき、
少しだけ気になることがあります。
無難は、間違いではない
誤解のないように言えば、
無難な判断が悪いわけではありません。
リスクを抑える。
大きく外さない。
一定の成果は出せる。
それは、
十分に価値のある選択です。
ただ、
その判断が生まれるまでの過程を、
少しだけ振り返ってみたいのです。
なぜ「無難」に落ち着いたのか
本当にその案が一番よかったのか。
それとも、
議論を早く終わらせたかったのか。
意見の衝突を避けたかったのか。
説明が難しかったのか。
「無難」は、
答えというより、
思考の終着点になりやすい言葉です。
無難の裏にある視点
多くの場合、
無難な選択は
“誰にも強く嫌われない視点”で選ばれています。
でもそれは、
“誰かに強く届く視点”とは違います。
どの立ち位置を優先したのか。
誰の不安を最小化したのか。
そこを見ないまま無難にすると、
形は整っていても、
どこか曖昧になります。
デザインも、同じ
デザインの現場でも、
「無難」が選ばれる瞬間はあります。
色味を抑える。
表現を丸くする。
特徴を弱める。
安全ではありますが、
同時に、
視点も少しずつ弱まっていきます。
無難にする前に、ひとつだけ
無難にまとめること自体は悪くない。
ただ、その前に一度だけ。
「本当に、それが最善か?」
「どの視点を守ろうとしているのか?」
問い直してみる。
それでも無難を選ぶなら、
それは“選んだ無難”です。
思考を止めた無難とは、
少し違うはずです。
視点が動いているかどうか
最終的な形よりも、
そこに至るまでに
視点が動いていたかどうか。
それが、
後から効いてくる気がしています。
無難という言葉を口にしたとき、
ほんの少しだけ、
立ち止まってみる。
そのひと呼吸が、
結果を静かに変えることがあります。
