誰でも間違えることはあります。
仕事でも、人間関係でも、
「あ、これは自分が悪かったな」
と思うことはあります。
そんなときに、
「ごめんなさい」
と言えるかどうか。
たった一言です。
でも、この一言がなかなか言えない人もいます。
言い訳をする。
話をすり替える。
相手にも原因があったと言う。
黙る。
なかったことにする。
個人的には、間違えること自体よりも、間違えたあとにそれを認められないことの方が気になります。
間違えることより、謝れないことの方が気になる
仕事をしていれば、ミスは起こります。
確認漏れ。
伝達ミス。
勘違い。
判断ミス。
どれだけ注意していても、完全になくすことは難しいと思います。
だから、ミスをしたことだけで、その人のすべてを判断する必要はありません。
むしろ見ているのは、その後です。
「すみません。こちらの確認不足でした。」
「直します。」
それだけで、次の話へ進めることがあります。
ところが、
「でも、○○さんもこう言っていました」
「そういう意味だとは思いませんでした」
「自分だけが悪いわけではないです」
と言い訳が続くと、もともとのミスとは別の問題が生まれてきます。
信頼です。
「ごめんなさい」は負けではない
謝ることを、
「負けを認めること」
のように感じている人もいるのかもしれません。
謝ったら立場が弱くなる。
責任を全部背負わされる。
相手に負けたような気がする。
そんな感覚もあるのだと思います。
でも、私は逆だと思っています。
自分の間違いを認めるには、ある程度の強さが必要です。
自分を守ることより、まず起きたことを見る。
プライドを守ることより、関係を前へ進める。
「ここは自分が悪かったです」
と言える人の方が、結果として信頼しやすい。
少なくとも仕事では、そう感じる場面が多くあります。
仕事ではミスの後を見られている
仕事では、結果だけではなく、その途中の姿勢も見られています。
言い訳をすると問題が大きくなる
小さなミスだったはずなのに、言い訳を重ねることで話が大きくなることがあります。
最初は、
「ここ、数字が違っていますよ」
という話だった。
それが、
「なぜ間違えたのか」
「なぜ認めないのか」
「次も同じことが起きないか」
という話に変わってしまう。
本来なら5分で終わる話が、信頼の問題になってしまいます。
これは、とてももったいないことだと思います。
認めれば、次の話ができる
逆に、
「すみません。間違えました」
と言えれば、
「じゃあ、どう直そうか」
という次の話ができます。
間違えたことは消えません。
でも、話は前へ進みます。
仕事では、この「前へ進める」ということが意外と大事です。
デザインの仕事でも同じことがある
デザインの仕事も、一度ですべて正解になるわけではありません。
こちらが良いと思って作ったものでも、
「少し違う気がします」
と言われることがあります。
こちらの意図を説明した方がよい場合もあります。
「この色にはこういう理由があります」
「この配置はここを最初に見てもらうためです」
説明すること自体は悪いことではありません。
でも、こちらが単純に間違えている場合もあります。
文字が違う。
日付が違う。
サイズを間違えた。
指示を見落とした。
そんなときまで、デザインの意図を盾にする必要はありません。
「すみません。こちらのミスです。直します。」
それでいいと思います。
デザインを守ることと、自分を守ることは同じではありません。
間違えない人より、間違いを認められる人
「一度も間違えない人」がいたら、それはすごいことです。
でも、実際の仕事ではなかなかそうはいきません。
だから私は、
間違えない人かどうかより、
間違えたときにどうする人なのか、
の方を見てしまいます。
謝れる。
直せる。
分からなければ聞ける。
助けてもらったら感謝できる。
そういう当たり前のことが、長く一緒に仕事をするときには大きな意味を持つように思います。
たった一言に、その人の姿勢が出る
「ごめんなさい」。
たった一言です。
でも、その一言を言えるかどうかに、その人の姿勢が出ることがあります。
間違えたことを認める。
相手の話を聞く。
必要なら直す。
そして、次へ進む。
仕事もデザインも、人と人とのやり取りでできています。
能力や技術ももちろん大切です。
でも、それだけでは長く続かないこともあります。
間違えないことより、
間違えたときにちゃんと向き合えること。